第75回 HITOTSU学公開講座 (2012.8.5)

HITOTSU学公開講座第75回、今回よりテーマを「和の産業化」としてスタートしました。年内、このテーマを皆様と共に深めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

今回は、「なぜ和の産業が必要なのか?」という時代背景の共有から行いました。
農業社会から産業社会、未来社会へと移行していく文明の中心軸の観点で捉えたときに、その社会における秩序の構築の仕方は根本的に異なっています。観点が固定されている状態では、個人個人の判断基準の差を解決できないためバラバラになり摩擦衝突が起こりやすくなります。この無秩序(Chaos)の問題を解決するために、「力」が用いられてきたということもできます。
「人そのもの」に対する定義と秩序構築のために用いられた「力」の質の違いが、それぞれの社会の成り立ちに大きく影響を与えてきたのです。
 そして、この人間のもつ判断基準の問題が解決されないまま、人間の外側にある物質世界を変化させる科学技術のみが発達し、人間自体がバージョンアップできる技術の開発が大幅に遅れている現状があります。
 
農業社会においては、絶対権力者である王権を中心とした社会が長く続きました。ここでは、個人は王の所有物といってもいい状態におかれ、移転の自由・結婚の自由もないような状況です。言い換えれば、王の強力な権力によって生命の危機を守ってもらう代償として、人権そのものを売買して生きていたともいうことができます。
 この暴力秩序による社会構造も、地域文化文明が成熟に向かい、戦争が減ってより平和的な国家間の交渉が始まるようになると、世襲によって受け継がれてきた王権と、その王による専制的・独断的な治世に対する反感が高まってきます。特に、自らが王の奴隷状態であることに気がつき、その立場を進化させる決断と実践の象徴が、フランス市民革命とフランス人権宣言であったのです。
 自由・平等・博愛をもとに、個人としての人権を宣言したこの市民革命の波は世界中にあっというまに広がり、産業社会を形成することになります。この産業社会においては独立した個人と個人の関係性を結ぶ手段として、資本の蓄積による財力をもって社会秩序が構築されました。
 この市民革命を引き起こした原動力のひとつに、長らく人々が選択してきた認識方式の大転換という事件があります。ルネサンスの引鉄とも言える天動説から地動説への大ショックは、それまでのキリスト教中心の宇宙自然観の見直しにも直結し、そこから近代科学の胎動と産業革命が誕生することになります。

 このように、時代の大転換期には、それまで当然とされてきた自分自身に対する定義(王の奴隷状態→独立した個人)や宇宙自然観(天動説→地動説)に対する大転換が起きているのです。
 では、現代に生きる私たちにとっての認識の大転換とは一体何なのでしょうか?
 それが、この現実画面自体が錯覚であり、今までの体だけを自分と思う人間観の限界を超える、新しいパラダイムを獲得することなのです。

 

 その例えとして、これまでの人間の5感覚脳の認識方式に観点固定している状態を、ねずみと猫いらずに例えてお話しました。
 ねずみは、生きるために猫いらずを食べるのに、結局は食べることによって死んでしまうのです。私たち人間も、生きるために5感覚脳を使っていますが、それによって無限の可能性を奪われ、現実画面が絶対という強烈な観念の中で生きることを余儀なくされているのです。本来の人間がなんなのか、生きることがなんなのか、宇宙自然が何なのか。未だに科学も哲学も宗教も、明確な答えを持っていません。
 この人類が抱いてきた疑問の全てに終止符を打ち、新しい人間観・宇宙自然観を誰もが持つことにより、人間そのものが持つ尊厳性の爆発から、人間自身を変化させる技術=教育が今の時代に必要とされている変化であり、産業であることをお伝えしました。

 観術は、全く新しい観点をお伝えするため、よく誤解されたり、難しいと思われてしまうことがあります。ですがそれは、歴史上の大転換期には必ず起こりうることであり、かつ、認識の転換が社会全体の変化をなしうるものであることも同時に示唆しているのではないでしょうか。
 また、一見言葉だけをとれば、今までの現実を全否定しているようにも受け取られやすいため、これまでの人類の努力・個人個人の努力を無視していると反発を覚えるかたもいらっしゃるかもしれません。ですが、観術が目指していることはさらなる生き方のバージョンアップであり、今までの人類の全ての追究に感謝と愛とを持って、本当に幸福な未来社会のために尽力していきたいと心から願っています。

 

 人間が持つ悩みの中で特徴的なものは①人間関係②健康③お金④価値観の問題があげられます。特に、①~③が悩みの中心といってもよいと思います。産業化のためにはそれぞれの問題を解決できる技術であることと、価値としてのお金の循環を活性化させる必要があります。後述しますが、現代の社会全体の危機はお金と人間の価値のアンバランスです。この問題を解決するために、お金以上に人間自身に価値づけがおこることが重要です。
 そのための商品と技術を提供する段階まで観術は成長してきており、今からは市場と需要の創出と拡大が必要となっています。

 ここまでの時代の流れをまとめると、新産業の必要性が見えてきます。

  • まずは、社会の成長に伴う労働の質的変化と、変化に対して要求される協力体制の進化です。古代に比べ、現代社会は個人で何かを成し遂げるということは少なく、多くの人の力を結集させて協業できるかどうかはとても重要です。ですが、それを困難にする原因、判断基準の問題を解決することが求められています。
  • これまでの肉体労働の主体は機械の発達により機械が主導となり、人間は今までとは違った質の労働に従事することが求められます。それが、創造性に富んだ精神労働市場です。今、企業も新しい商品開発・研究開発のアイディアに行き詰まり、消費者も消費意欲が低下しています。心が停滞していく文化文明に未来はありません。未来への希望に溢れ、創造性を発揮していける職業と市場の創出は国家レベルでも急務なのです。
  • 歴史的に観て、人間は疎通交流不可能だった世界を切り開き、つなぐことができる「道」の開発開拓によって文化文明を成長させてきました。今までは物理的な距離と違いを超えるための技術が発達してきましたが、これからの時代は一人一人の心と心をつなぎ、70億全人類がひとつになっていく「心路」の開発と、そのための技術が必要です。
  • 新しい経済市場が誕生する時には、それまで用いていた中心の力が変化することが必要です。これまで機械の力を利用して成立してきたこれまでの産業社会から、新しい社会に移行する時には、人間自身が持つ無限の可能性と尊厳性を立証する新しい力との出会いが必要です。そして、その力を今ここで誰もが応用活用できる技術化が必要となります。
  • この宇宙自然は私たち人間の認識と直結し、5感覚脳を道具としてとらえている錯覚現実であり、相対的な世界観です。にもかかわらず、この現実だけを絶対と規定して急激に成長を遂げた科学技術によって、私たちの生活は確かに豊かになりました。しかし逆に、人間本来の疑問、人間とは何なのか、生死とは何なのか、この宇宙自然がなぜ存在するのか、そういった疑問に対しては理解と追求のスピードが追い付かず、科学万能主義の世の中の風潮を生み出してしまっています。このアンバランスさは、物商品が中心であった時代に、さらに発展した商品として金融商品が誕生する流れ、そこからつながるバブルを生み出し、人間がお金の価値に完全に屈服するという現状を生み出してしまいました。自分自身の考えや感情、お金すらも人間が生みだした道具ですが、その道具に完全にコントロールされてしまう現象が起きてしまっているのです。この問題を解決するためには、人間そのものに対する明確な理解と価値づけが起きなければなりません。残念ながら、思想哲学、宗教はそこまでの明確な理解を提供することができませんでした。21世紀は、東洋と西洋、思想哲学と科学など、全ての分野が疎通交流して進化していく文明の進化の道が必要です。
    そのビジョンを持って、One World、全ての違いを個性として持ちながら共通のビジョンに向かっていく新しい生き方自体が教育されていく時代を観術は目指しています。

 以上のような全体像をお伝えしたうえで、現代に生きる私たち個人個人を振り返ってみたときに、方向性を失い、多くのストレスプレッシャーの中で生きるしかない苦しい現状が見えてきます。

外見からはわかりにくいこの心の状態の不安定さは、現象としては鬱や不安、不信といった形で現れ、その解決に多くの時間やお金、労力が割かれてしまいます。

では、和心とは一体何のでしょうか?

和心はどんな条件状況にも変化することがない不動の意志であるということができます。また、多様な違いを受け入れながら、究極の一つを探していく世界(相対主義の和)ではなく、明確に究極の世界を分かった状態から、今まで理解することができなかった世界までも理解していく演繹的な理解方式の世界です。(※詳しくはNoh Jesu著最新刊「観術で生かす日本の和心」をご一読ください)

この和心を明確に自分のものとして活用できるときには、これまでの固定された観点から自由になり、自分の考え感情からも自由になって、悩みや不安から解放されます。その悟った状態で生きている個人が今度は連帯し、それぞれの我を超えて全体のために全てを道具で使いながら「今ここ」を最高にワクワクした心で生きることができるのです。
そして、ただ自分自身の心が平和なだけではなく、創造性あふれた新しい生き方、∞のビジョンを生み出すことのできる人間がどんどん生まれるようになっていきます。

今回は、「和の産業」がなぜ必要なのか。という観点から、皆様と共有しました。最後には質疑応答を通して、率直かつ真剣なやり取りが続き、とても素晴らしい場を創っていただけたことに感謝いたします。
来月以降、また新しいアプローチから、「和の産業化」について皆様と追求し、その現実化に向けて共に考えてまいりたいと思います。
 来月もみなさまと出会えることを心よりお待ちしております。